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风の又三郎
宫沢贤治
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
どっどど どどうど どどうど どどう
先ごろ、三郎から闻いたばかりのあの歌を一郎は梦の中でまたきいたのです。
びっくりしてはね起きて见ると、外ではほんとうにひどく风が吹いて、林はまるでほえるよう、あけがた近くの青ぐろいうすあかりが、障子や棚(たな)の上のちょうちん箱や、家じゅういっぱいでした。一郎はすばやく帯をして、そして下駄(げた)をはいて土间をおり、马屋の前を通ってくぐりをあけましたら、风がつめたい雨の粒といっしょにどっとはいって来ました。
马屋のうしろのほうで何か戸がばたっと倒れ、马はぶるっと鼻を鸣らしました。
一郎は风が胸の底までしみ込んだように思って、はあと息を强く吐きました。そして外へかけだしました。
外はもうよほど明るく、土はぬれておりました。家の前の栗(くり)の木の列は変に青く白く见えて、それがまるで风と雨とで今洗濯(せんたく)をするとでもいうように激しくもまれていました。
青い叶も几枚も吹き飞ばされ、ちぎられた青い栗のいがは黒い地面にたくさん落ちていました。空では云がけわしい灰色に光り、どんどんどんどん北のほうへ吹きとばされていました。
远くのほうの林はまるで海が荒れているように、ごとんごとんと鸣ったりざっと闻こえたりするのでした。一郎は顔いっぱいに冷たい雨の粒を投げつけられ、风に着物をもって行かれそうになりながら、だまってその音をききすまし、じっと空を见上げました。
すると胸がさらさらと波をたてるように思いました。けれどもまたじっとその鸣ってほえてうなって、かけて行く风をみていますと、今度は胸がどかどかとなってくるのでした。
きのうまで丘や野原の空の底に澄みきってしんとしていた风が、けさ夜あけ方にわかにいっせいにこう动き出して、どんどんどんどんタスカロラ海沟(かいこう)の北のはじをめがけて行くことを考えますと、もう一郎は顔がほてり、息もはあはあとなって、自分までがいっしょに空を翔(か)けて行くような気持ちになって、大急ぎでうちの中へはいると胸を一ぱいはって、息をふっと吹きました。
「ああひで风だ。きょうは烟草(たばこ)も栗(くり)もすっかりやらえる。」と一郎のおじいさんがくぐりのところに立って、ぐっと空を见ています。一郎は急いで井戸からバケツに水を一ぱいくんで台所をぐんぐんふきました。
それから金(かな)だらいを出して顔をぶるぶる洗うと、戸棚(とだな)から冷たいごはんと味噌(みそ)をだして、まるで梦中でざくざく食べました。
「一郎、いまお汁(しる)できるから少し待ってだらよ。何(な)してけさそったに早く学校へ行がないやないがべ。」おかあさんは马にやる(不详)を煮るかまどに木を入れながらききました。
「うん。又三郎は飞んでったがもしれないもや。」
「又三郎って何だてや。鸟こだてが。」
「うん。又三郎っていうやづよ。」一郎は急いでごはんをしまうと、椀(わん)をこちこち洗って、それから台所の钉(くぎ)にかけてある油合羽(あぶらがっぱ)を着て、下駄(げた)はもってはだしで嘉助をさそいに行きました。
嘉助はまだ起きたばかりで、
「いまごはんをたべて行ぐがら。」と言いましたので、一郎はしばらくうまやの前で待っていました。
まもなく嘉助は小さい蓑(みの)を着て出て来ました。
はげしい风と雨にぐしょぬれになりながら二人はやっと学校へ来ました。昇降口からはいって行きますと教室はまだしいんとしていましたが、ところどころの窓のすきまから雨がはいって板はまるでざぶざぶしていました。一郎はしばらく教室を见まわしてから、
「嘉助、二人して水扫ぐべな。」と言ってしゅろ箒(ぼうき)をもって来て水を窓の下の穴(あな)へはき寄せていました。
するともうだれか来たのかというように奥から先生が出てきましたが、ふしぎなことは先生があたりまえの単衣(ひとえ)をきて赤いうちわをもっているのです。
「たいへん早いですね。あなたがた二人(ふたり)で教室の扫除(そうじ)をしているのですか。」先生がききました。
「先生お早うございます。」一郎が言いました。
「先生お早うございます。」と嘉助も言いましたが、すぐ、
「先生、又三郎きょう来るのすか。」とききました。
先生はちょっと考えて、
「又三郎って高田さんですか。ええ、高田さんはきのうおとうさんといっしょにもうほかへ行きました。日曜なのでみなさんにご挨拶(あいさつ)するひまがなかったのです。」
「先生飞んで行ったのですか。」嘉助がききました。
「いいえ、おとうさんが会社から电报で呼ばれたのです。おとうさんはもいちどちょっとこっちへ戻られるそうですが、高田さんはやっぱり向こうの学校にはいるのだそうです。向こうにはおかあさんもおられるのですから。」
「何(な)して会社で呼ばったべす。」と一郎がききました。
「ここのモリブデンの鉱脉は当分手をつけないことになったためなそうです。」
「そうだないな。やっぱりあいづは风の又三郎だったな。」嘉助が高く叫びました。
宿直室のほうで何かごとごと鸣る音がしました。先生は赤いうちわをもって急いでそっちへ行きました。
二人はしばらくだまったまま、相手がほんとうにどう思っているか探るように顔を见合わせたまま立ちました。
风はまだやまず、窓ガラスは雨つぶのために昙りながら、またがたがた鸣りました。
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(责任编辑:xy)