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雪渡(ゆきわた)り
その二(狐小学校の幻灯会)
青白い大きな十五夜のお月様がしずかに氷(ひ)の上山(かみやま)から登りました。
雪はチカチカ青く光り、そして今日も寒水石(かんすいせき)のように坚(かた)く冻(こお)りました。
四郎は狐の绀三郎との约束(やくそく)を思い出して妹のかん子にそっと云いました。
「今夜狐の幻灯会なんだね。行こうか。」
するとかん子は、
「行きましょう。行きましょう。狐こんこん狐の子、こんこん狐の绀三郎。」とはねあがって高く叫(さけ)んでしまいました。
すると二番目の兄さんの二郎が
「お前たちは狐のとこへ游びに行くのかい。仆(ぼく)も行きたいな。」と云いました。
四郎は困ってしまって肩(かた)をすくめて云(い)いました。
「大兄(おおにい)さん。だって、狐の幻灯会は十一歳までですよ、入场券に书いてあるんだもの。」
二郎が云いました。
「どれ、ちょっとお见せ、ははあ、学校生徒の父兄にあらずして十二歳以上の来宾(らいひん)は入场をお断わり申し候(そろ)、狐なんて仲々うまくやってるね。仆はいけないんだね。仕方ないや。お前たち行くんならお饼(もち)を持って行っておやりよ。そら、この镜饼がいいだろう。」
四郎とかん子はそこで小さな雪沓(ゆきぐつ)をはいてお饼をかついで外に出ました。
兄弟の一郎二郎三郎は戸口に并(なら)んで立って、
「行っておいで。大人の狐にあったら急いで目をつぶるんだよ。そら仆ら囃(はや)してやろうか。坚雪かんこ、冻(し)み雪しんこ、狐の子ぁ嫁(よめ)ぃほしいほしい。」と叫びました。
お月様は空に高く登り森は青白いけむりに包まれています。二人はもうその森の入口に来ました。
すると胸にどんぐりのきしょうをつけた白い小さな狐の子が立って居て云いました。
「今晩は。お早うございます。入场券はお持ちですか。」
「持っています。」二人はそれを出しました。
「さあ、どうぞあちらへ。」狐の子が尤(もっと)もらしくからだを曲げて眼(め)をパチパチしながら林の奥(おく)を手で教えました。
林の中には月の光が青い棒を何本も斜(なな)めに投げ込(こ)んだように射(さ)して居りました。その中のあき地に二人は来ました。
见るともう狐の学校生徒が沢山(たくさん)集って栗(くり)の皮をぶっつけ合ったりすもうをとったり殊(こと)におかしいのは小さな小さな鼠(ねずみ)位の狐の子が大きな子供の狐の肩车に乗ってお星様を取ろうとしているのです。
みんなの前の木の枝(えだ)に白い一枚の敷布(しきふ)がさがっていました。
不意にうしろで
「今晩は、よくおいででした。先日は失礼いたしました。」という声がしますので四郎とかん子とはびっくりして振(ふ)り向いて见ると绀三郎です。
绀三郎なんかまるで立派な燕尾服(えんびふく)を着て水仙(すいせん)の花を胸につけてまっ白なはんけちでしきりにその尖(とが)ったお口を拭(ふ)いているのです。
四郎は一寸(ちょっと)お辞仪(じぎ)をして云いました。
「この间は失敬。それから今晩はありがとう。このお饼をみなさんであがって下さい。」
狐の学校生徒はみんなこっちを见ています。
绀三郎は胸を一杯(いっぱい)に张ってすまして饼を受けとりました。
「これはどうもおみやげを戴(いただ)いて済みません。どうかごゆるりとなすって下さい。もうすぐ幻灯もはじまります。私は一寸失礼いたします。」
绀三郎はお饼を持って向うへ行きました。
狐の学校生徒は声をそろえて叫びました。
「坚雪かんこ、冻(し)み雪しんこ、硬(かた)いお饼はかったらこ、白いお饼はべったらこ。」
幕の横に、
「寄赠(きぞう)、お饼沢山、人の四郎氏、人のかん子氏」と大きな札(ふだ)が出ました。狐の生徒は悦(よろこ)んで手をパチパチ叩(たた)きました。
その时ピーと笛(ふえ)が鸣りました。
绀三郎がエヘンエヘンとせきばらいをしながら幕の横から出て来て丁宁(ていねい)にお辞仪をしました。みんなはしんとなりました。
「今夜は美しい天気です。お月様はまるで真珠(しんじゅ)のお皿(さら)です。お星さまは野原の露(つゆ)がキラキラ固まったようです。さて只今(ただいま)から幻灯会をやります。みなさんは瞬(またたき)やくしゃみをしないで目をまんまろに开いて见ていて下さい。
それから今夜は大切な二人のお客さまがありますからどなたも静かにしないといけません。决してそっちの方へ栗の皮を投げたりしてはなりません。开会の辞です。」
みんな悦んでパチパチ手を叩きました。そして四郎がかん子にそっと云いました。
「绀三郎さんはうまいんだね。」
笛がピーと鸣りました。
『お酒をのむべからず』大きな字が幕にうつりました。そしてそれが消えて写真がうつりました。一人のお酒に酔(よ)った人间のおじいさんが何かおかしな円いものをつかんでいる景色です。
みんなは足ぶみをして歌いました。
キックキックトントンキックキックトントン
冻み雪しんこ、坚雪かんこ、
野原のまんじゅうはぽっぽっぽ
酔ってひょろひょろ太右卫门(たえもん)が
去年、三十八たべた。
キックキックキックキックトントントン
写真が消えました。四郎はそっとかん子に云いました。
「あの歌は绀三郎さんのだよ。」
别に写真がうつりました。一人のお酒に酔った若い者がほおの木の叶でこしらえたお椀(わん)のようなものに顔をつっ込(こ)んで何か喰(た)べています。绀三郎が白い袴(はかま)をはいて向うで见ているけしきです。
みんなは足踏(あしぶ)みをして歌いました。
キックキックトントン、キックキック、トントン、
冻み雪しんこ、坚雪かんこ、
野原のおそばはぽっぽっぽ、
酔ってひょろひょろ清作が
去年十三ばい喰べた。
キック、キック、キック、キック、トン、トン、トン。
写真が消えて一寸(ちょっと)やすみになりました。
可爱(かあい)らしい狐の女の子が黍団子(きびだんご)をのせたお皿を二つ持って来ました。
四郎はすっかり弱ってしまいました。なぜってたった今太右卫门と清作との悪いものを知らないで喰べたのを见ているのですから。
それに狐の学校生徒がみんなこっちを向いて「食うだろうか。ね。食うだろうか。」なんてひそひそ话し合っているのです。かん子ははずかしくてお皿を手に持ったまままっ赤になってしまいました。すると四郎が决心して云いました。
「ね、喰べよう。お喰べよ。仆(ぼく)は绀三郎さんが仆らを欺(だま)すなんて思わないよ。」そして二人は黍団子をみんな喰べました。そのおいしいことは頬(ほ)っぺたも落ちそうです。狐の学校生徒はもうあんまり悦んでみんな踊りあがってしまいました。
キックキックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
よるはツンツン月あかり、
たとえからだを、さかれても
狐の生徒はうそ云うな。」
キック、キックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
よるはツンツン月あかり
たとえこごえて倒(たお)れても
狐の生徒はぬすまない。」
キックキックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
よるはツンツン月あかり
たとえからだがちぎれても
狐の生徒はそねまない。」
キックキックトントン、キックキックトントン。
四郎もかん子もあんまり嬉(うれ)しくて涙(なみだ)がこぼれました。
笛がピーとなりました。
『わなを軽べつすべからず』と大きな字がうつりそれが消えて絵がうつりました。狐のこん兵卫(べえ)がわなに左足をとられた景色です。
「狐こんこん狐の子、去年狐のこん兵卫が
左の足をわなに入れ、こんこんばたばた
こんこんこん。」
とみんなが歌いました。
四郎がそっとかん子に云いました。
「仆の作った歌だねい。」
絵が消えて『火を軽べつすべからず』という字があらわれました。それも消えて絵がうつりました。狐のこん助が焼いたお鱼を取ろうとしてしっぽに火がついた所です。
狐の生徒がみな叫びました。
「狐こんこん狐の子。去年狐のこん助が
焼いた鱼を取ろとしておしりに火がつき
きゃんきゃんきゃん。」
笛がピーと鸣り幕は明るくなって绀三郎が又出て来て云いました。
「みなさん。今晩の幻灯はこれでおしまいです。今夜みなさんは深く心に留(と)めなければならないことがあります。それは狐のこしらえたものを贤(かしこ)いすこしも酔わない人间のお子さんが喰べて下すったという事です。そこでみなさんはこれからも、大人になってもうそをつかず人をそねまず私共狐の今迄(いままで)の悪い评判をすっかり无くしてしまうだろうと思います。闭会の辞です。」
狐の生徒はみんな感动して両手をあげたりワーッと立ちあがりました。そしてキラキラ涙をこぼしたのです。
绀三郎が二人の前に来て、丁宁におじぎをして云いました。
「それでは。さようなら。今夜のご恩は决して忘れません。」
二人もおじぎをしてうちの方へ帰りました。狐の生徒たちが追いかけて来て二人のふところやかくしにどんぐりだの栗だの青びかりの石だのを入れて、
「そら、あげますよ。」「そら、取って下さい。」なんて云って风の様に逃(に)げ帰って行きます。
绀三郎は笑って见ていました。
二人は森を出て野原を行きました。
その青白い雪の野原のまん中で三人の黒い影(かげ)が向うから来るのを见ました。それは迎(むか)いに来た兄さん达でした。
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